Archive for the 'Teaching English' Category

シャクヤクに学ぶ

May 24, 2006

どういうわけか、家庭教師を受け持つ夜には必ず雨が降る。
しかもけっこう真剣な豪雨だったり、風の又三郎が転校してきそうな風模様だったり。

そんななかバスに揺られて30分、電車で30分、それからまたバスで30分。やっと行き着いた教え子の家のチャイムを鳴らすと、Nちゃんは玄関でずっと待機してくれているらしく、いつも間髪を入れずにドアが勢いよく開けられる。ドアのすき間から、Nちゃんのハニカミを含んだとっておきの笑顔が、ふわっとのぞく。

こういう瞬間のためだけに、わたしは英語を教えているんだと思う。

わたしがNちゃんに教えてあげられることはごくごく限られているけれど、せめて「英語は自由な言語(遊びがきく、という意味)」だということと、「その自由な言語を駆使するために、自由なアタマを持つこと」が大事なんだって分かってほしい、と思っている。

ある日、あまりにシャクヤクが誘惑するので、ついつい咲きはじめの大輪を購入した。それを英語の授業で使おうと思いつき、Nちゃんにプレゼントした。たちまちシャクヤク色に染まるNちゃんの頬。

「Nちゃん、これ、きれいだと思う?」

「うん!」

「きれいだよねぇ。私もそう思う。じゃあね、例えばさ、今ここにいない人…Nちゃんのおばあちゃんとかに、この花がきれいっていうことを、Nちゃんだったらどうやって伝える?」

「 うーん…。きれいなお花だよって言う、かな?」

「そう。言葉を使うよね。じゃあね、今この花を見て、Nちゃんならどう伝える?」…

ひと通り日本語でシャクヤクの美について語ってもらった。結果、言葉で思っていることや感じていることを伝えるのはなかなか難しいってことが判明した。この花びらの手触りは、どう表現するか。この茎のみずみずしさを、どう表現するのか。この蜜の照り具合は…。更にNちゃんに質問してみた。

「じゃあさ、Nちゃん、このシャクヤクの美しさを、アメリカ人にはどうやって伝える?」…

同じことばをしゃべり、同じ文化圏に身を置く者同士であってでもシャクヤクの美しさひとつを表現するのに手間取るというのに、これが違う国で違うことばをしゃべる人相手だったら、どんなに難しいだろう。そんなことを話した。そして、結局はことばではなく、想像力と表現力が重要なんだっていうことを話した。

最後に、Nちゃんに一週間シャクヤクをじっくり観察してほしいと頼んだ。刻一刻と変化する花の様子を、よく観て、よく捉えて、うまくことばで表す練習をしてほしい、と。子供の際限ない想像力のなかで、あのシャクヤクのつぼみはどんなふうに膨らんでいったのだろう。

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